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「セブンvsミスド」ドーナツ戦争の正しい読み方

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今、ドーナツが消費者の中で大きな話題となっている。その中心にいるのはコンビニ業界最大手セブンイレブン。今回は、コンビニドーナツとドーナツ専門店の争いが叫ばれるこの話題を取り上げていきたい。

 

■ 盛り上がるドーナツ市場

 

2014年10月からセブンイレブンは関西を中心にドーナツのテスト販売を行った。そのドーナツの見た目は、ドーナツ業界最大手であるミスタードーナツ(以下、ミスド)のメイン商品と酷似しているものだった。テスト販売がかなり好調だったため、2015年に入り全国での本格販売を開始した。2015年8月までにセブンイレブン全店(約17000店)のほとんどで販売する計画だ。このニュースが広がると消費者やメディアはこぞって「セブンvsミスド」のドーナツ戦争が勃発したという話で盛り上がった。しかし、真相は必ずしもそうとは言えない。マーケティング視点で解説していきたい。

 

■ セブンのドーナツの売れ行き

 

2015年に入ってから、私はことあるごとにセブンイレブンへ出向き、ドーナツの販売状況を確認し、食べてきた。基本的にはレジ横にあり、肉まんなどのマシン、ホットスナックのマシン、コーヒーマシンと並んで置かれている。店舗によってはエンド什器の端の一番良いスペースを確保し、販売に力を入れているところもあった。店頭にはのぼりがたち、手書きのPOPも多数見られた。しかし、それは勢いのあった販売開始直後のことであり、2ヶ月が経った今、当時ほどの力の入れようは感じられない。今月に入ってからも、都内複数店舗で時間を変えて定点観測を続けているが、ドーナツを購入する客にはほとんど出会わなかった。たまたまということもあるのだろうが、合計では10回以上の視察を行っての結果だ。この観測時にも、コンビニコーヒーを購入している客は多く、店舗によってはランチなどのピーク時ではないにも関わらず、3台あるマシンの後ろに行列ができるほどの人気ぶりだった。彼らはコンビニコーヒーと軽食やお菓子は購入していたものの、ドーナツには手を伸ばしていなかったのだ。

 

何店舗かの店員に話を聞くと、ドーナツの販売はそこそこ良いのだが、廃棄処分になるものも少なくないという声も聞こえてきた。これが示すことは、売れてはいるものの見込みよりも数量が少なく廃棄ロスが発生しているということだ。顧客のニーズを的確に掴み、隙なく対応することにかけては日本一とも言えるセブンイレブンにしては珍しいケースとも言えるだろう。では、これは失敗なのだろうか。いや、実はセブンイレブンにとって、これは失敗ではないのだ。

 

■ セブンイレブンの真の敵とは?

 

このドーナツ戦争については、セブンイレブンの真の敵はミスドではない。セブンイレブンの敵はセブンイレブン自身なのだ。それは、セブンイレブンの歴史は市場開拓の歴史が示している。コンビニという業態から始まり、おにぎり、お惣菜、おでん、クリーニング、公共サービス、チケット発券、クリーニング、セブンミールそしてコンビニコーヒー。新しいサービスや商品を次々に繰り出し、そのたびに消費者の中での存在感を高めていった。今やセブンイレブンは単なる小売店ではなく、人々の生活の中心にあるインフラ的存在になっている。今回、ドーナツを発売したことには2つの目的がある。

 

一つ目は、強い集客力を持つコンビニコーヒーを軸に「プラスαの誘客」「プラスαの客単価アップ」につなげる目的だ。ミスドから顧客を奪うという意識ではなく、自社の強みを活かすという意識なのだ。

 

二つ目は、セブンイレブン自体の賑わい感を出すことだ。毎年約2000商品が開発され、70~80%の商品が入れ替わるセブンイレブン。歴史も示すように、つねに自ら仕掛け、変化していることで、競合よりも常に先行し、差を広げているのだ。今回のドーナツでは売れることも重要だが、仕掛けることで話題性が作られ、店頭に活気が出ることも大きな目的なのだ。

 

ちなみに、2015年4月にローソンが約8000店舗でドーナツ販売を行うことを打ち出したが、これもセブンイレブンにとってはあまり気にならない。また、先日発表されたファミリーマートサークルKサンクス(ユニーグループ)の経営統合について、鈴木敏文会長はまったく気にならないという趣旨の発言を行っている。セブンイレブンにとって重要なことは、ミスタードーナツ、ローソン、ファミリーマートなど他企業の動きではない。お客さんのためになることをお客さんよりも先回りして提案していくということなのだ。

 

■ ミスタードーナツの真の敵とは?

 

では、立場を変えてミスドからこの争いを考えてみよう。では、ミスドの敵はどうなのだろうか。これもセブンイレブンではない。もちろん、見た目が酷似したドーナツであるから、販売への影響がゼロかと言えばそうではないだろう。しかしネット上では、見た目は同じでも味や食感からミスドを評価する声が多く、中には「さすがミスド」と評価を再認識するものまである。

 

そもそもミスドの場合、イートインスペースも広いので、そこで飲み物を飲みながらドーナツを食べたり、飲茶を食べたりできる。また、コンビニのドーナツとは異なり、培われたブランド力があるので、お土産にテイクアウトする人たちも少なくない。店舗は都心のど真ん中よりも、少し離れた郊外近くに多いのも特徴だ。高校生が友達やカップルでイートインの利用をしたり、家に帰るお父さんがお土産で購入したりと、セブンイレブンとは異なる利用法が見られるのだ。

 

では、ミスタードーナツの敵とはなんだろうか。

 

キーワードは「地元の希薄化」だ。その裏にあるのは「電車の直通運転が増えたこと」と「イオンを始めとする大型ショッピングモールが増えたこと」だ。

 

まず「電車の直通運転が増えたこと」について。関東で言えば、埼玉から渋谷経由で横浜まで一本で行けるようになったり、茨城方面から上野を経由して品川まで行けるようになるなど、ここ数年、路線がどんどん繋がっている。鉄道がつながることで、都心部だったり、他の土地へのアクセスが良くなる。これは郊外に店舗を多く持つミスドにしてみたら嬉しいことではない。少し前であれば、郊外にする住む人が、自宅に一番近い駅前でミスドを購入して家に帰っていたものが、アクセスが良くなったことにより地元の駅ではなく、都心部で話題のお菓子やケーキを購入して帰りやすくなるのだ。また高校生などのデートでも同じことが言える。かつては、地元のミスドでデートしていた彼らも、アクセスが良くなったことで地元にこだわらなくても良くなっているのだ。これはミスドにとってはあまり歓迎できない現象だ。

 

次に「イオンを始めとする大型ショッピングモールが増えたこと」だ。スーパー、アパレルショップ、書店、映画館、飲食店、ライフスタイルショップなどが入った大型ショッピングモールが郊外に次々にできたことで、ミスタードーナツと同等以上にオシャレで魅力的な話題のスイーツショップも出店してきた。その結果、今までミスドのメイン顧客であった人たちが、こちらの方に流れてしまう現象が出始めているのだ。

 

ミスタードーナツのライバルはセブンイレブンよりも、クリスピークリームなどの競合よりも、ミスドが置かれた周辺環境の変化なのだ。

 

■ まとめ

 

表面的に見れば「セブンvsミスド」という構図に見えるこの争い。消費者からすれば「セブンとミスドを食べ比べてみよう」という新しい楽しみ方ができるだろう。しかしマーケティング視点で本質を見ていくと、必ずしも「セブンvsミスド」という構図ではない。むしろこの争いは、こドーナツ市場における限られたシェアの奪い合いというより、セブン参入によってドーナツ市場全体が活性化される効果をもたらすのだ。その結果、より美味しいドーナツが開発されたり、消費者がドーナツを食べる頻度が増えたりというプラスの効果が期待できるのだ。