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5つのマーケティング視点から「大塚家具」の内紛劇を斬る

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大塚家具の経営が揺れている。現在の社長、大塚久美子氏と現在の会長、大塚勝久氏による経営権をめぐる戦いだ。父と娘の争いのため、普段は経営に興味の無い人達までもが、この争いに注目している。私は父と娘が争っているということよりも、そもそもマーケティング戦略の違いによって起きてしまったという点に注目している。それではマーケティングの5つの視点から、二人の違いを見て頂こう。

 

■ 視点1:ターゲット

 

勝久氏は従来からの顧客をターゲットにしている。その多くは高齢層であり、中には富裕そうも多く存在する。自分たち夫婦のためだけでなく、結婚して新居を構えたり、新生活を始める子どもたちのために購入する人もいる。

 

久美子氏は従来からの顧客以上に新規顧客をターゲットにしている。とりわけ若年層の取り込みに力を入れている。

 

このターゲットの違いが販売手法の違いにも現れる。

 

■ 視点2:販売手法

 

勝久氏のやり方は、従来から大塚家具の特徴でもあった会員制販売だ。顧客は来店すると顧客カードを記入し、担当営業マンがつく。その担当に希望を伝えながら、館内を案内してもらうという仕組みだ。一度顧客登録をすれば、いつも同じ店員が対応してくれるので、客側のさまざまな状況や趣味嗜好を理解してもらえるようになる。長い付き合いになればなるほど、何も言わなくてもこちらの要望に応える商品を薦めてくれるようになるというメリットも出てくる。

 

勝久氏のマーケティング戦略のベースとなるのは、固定客との深く長い関係作りだ。言い換えれば”LTV”という言葉になる。LTVとはライフ・タイム・バリューの頭文字を取ったものだ。簡単に言えば、一人の客の一生において、その企業の商品をどれだけ購入してもらえるかというものだ。つまり勝久氏が重視するのは来店客数ではなく、何度も購入してくれる固定客がどれだけいるかということだ。その固定客が大塚家具の接客や商品品質を評価してくれれば、自分の子どもや知人など新たな客を連れて来てくれるようになるのだ。この手法により、大塚家具は他のインテリアショップと差別化が出来ていた。価格以上に品質にこだわる顧客に対して、豊富な専門知識とホスピタリティを持つ担当がコンシェルジュのように対応するのだ。

 

一方、久美子氏は、消費者がもっと気軽に来店できるようにと考えた。それを実現すべく、会員制を見直し、顧客自身が自由に館内を見て回れるようにした。現在の若い人は接客されるのが好きではないという人が少なくない。かつてと今の日本経済の変化もあり、若年層はニトリIKEAなど気軽に行けて安価で購入出来る家具ショップへと足を向けるようになっている。この状況を打破するために、若年層を中心とした新規の来店客数を増やすべく気軽に来店出来るような販売手法を久美子氏は推進するようにしたのだ。

 

■ 視点3:時間軸

 

久美子氏の手法を成功させるには時間がかかる。まず来店客数を増やし、その中から商品を購入してもらい顧客になってもらう。 従来からのやり方と比べれば、 新しいアプローチをスタートさせるので時間がかかってしまう。それでも進めるべきと考えているのが久美子氏の考え方である。この点、従来のやり方を継続し続けようとする勝久氏とは時間軸の考え方が異なると言える。

 

時間と労力がかかっても新たに若年層を取り込もうと考えている久美子氏の時間軸は、勝久氏が考えている時間軸よりも先を見ているとも言えるのだ。

 

■ 視点4:マーケティングコスト

 

来店客数を増加させようとする久美子氏のやり方は、従来からの勝久氏のやり方よりもマーケティングコストは増加する。従来から会員に対してDMを送ったり、電車の窓上広告やチラシ広告を行って来たが、久美子氏のやり方は従来よりもさらに多くの人にアプローチをして、来店してもらい、顧客になってもらう方法だからだ。2014年7月に解任されるまで久美子氏は広告宣伝費を抑えながらも来店客数増加を達成し、経営も黒字となった。しかしニトリIKEAだけでなくアクタス、Bo Conceptなど競合がひしめく中で、新たな顧客を獲得していく戦いに終わりはなく、今後も継続的にマーケティングコストを抑えつつ、さらなる売上増加を狙うことは簡単なことではない。

 

マーケティングの一般論で言えば、同じ売上げを達成するならば、新規顧客を獲得するより従来顧客との関係を元にする方がコストを抑えることが出来る。しかし、広告を含むプロモーションの費用対効果を正確に把握するためには、家具という購入頻度の低さ、近所付き合いや家族関係の変化を踏まえた上で判断する必要がある。

 

■ 視点5:商品

 

現在の大塚家具の商品ラインナップは家具業界では日本最大だろう。特にラグジュアリーなものからスタンダードなものまでのラインナップは随一だ。だからこそ広大な売場面積が必要でもある。

 

久美子氏はターゲットに合わせた商品ラインナップを作ろうとしている向きがある。その方向性が垣間見えたのが、別ブランドで起ち上げたインテリアショップの存在だ。 ここ数年、インテリアショップの進出が目覚ましいキラー通り(外苑前を中心に西麻布から千駄ヶ谷方面に伸びる外苑西通り)。2013年、大塚家具はキラー通りに若者向けの小さなインテリアショップ「Edition Blue」をオープンさせた。北欧系の家具を中心としつつ、nendoの佐藤オオキさんの作品など話題性のある商品も展示していた。2014年末に閉店してしまったのだが、これは久美子氏が新たな顧客層を獲得しようと、ターゲットニーズに合わせた店舗、商品ラインナップを展開しようとした顕著な例だ。

 

「ターゲット」「販売手法」「時間軸」「マーケティングコスト」「商品」。この5つの項目において大塚勝久氏と大塚久美子氏の考え方は全く異なっている。委任状争奪戦の結果、どちらに主導権が行くのかによって、大塚家具の未来への方向性は大きく変わるのだ。