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なぜ山手線中吊広告は廃止されなかったのか?

2015年11月30日より、山手線に新型車両E235系が導入される。新型車両の導入は13年ぶりとなる。現行車両とは順次入れ替え、2020年までには入れ替えを完了させる予定だ。新型車両導入が発表された当初の予定では、中吊広告を廃止し、モニター広告に変えるという発表であったが、中吊広告は継続することとなった。なぜ、JR東日本は中吊広告を残す判断をしたのだろうか。マーケティング視点から推測したい。

 

■ 広告主の要望

 

中吊広告の存続が決まった最大の理由は広告主の要望による部分が大きい。ここで言う広告主とは中吊広告を望む広告主ということだ。中吊広告の主な広告主は週刊誌や月刊誌を発行する雑誌社だ。出版不況と言われる中、雑誌の発売告知は新聞とともに中吊広告に頼る部分が大きい。映像より文字の方が、乗客にじっくりと読んでもらえることは間違いない。映像広告になってしまうと15秒、30秒(JR東日本トレインチャンネル」)という制約がかかることを考えると雑誌社にとっては中吊広告の方が都合が良いのだ。また中吊広告の掲出期間は、通常2日間という短い掲出期間になるので、最低1週間からのモニターよりも使い易いという判断もある。おそらく、中吊広告を無くすという発表があった時点で、雑誌社からJR東日本に対して継続の要望が続いたのだろう。

 

ただ俯瞰的に見れば、雑誌社が中吊広告に反対することは、新型車両の発表をする前からわかっていたことだ。それでも、モニターを導入することは決定していたのだから、多少の要望ではJR東日本は動かないはずだ。次に、広告主の要望以外の別の理由を挙げたい。

 

■ 思ったほど伸びない車内モニター視聴率

 

雑誌社からの声が大きくなるのと同時に、JR東日本社内でもモニター一辺倒に対する疑問の声も挙がっていたのではないだろうか。それは、思ったよりもモニターを見る人が少ないということだ。私はマーケティングコンサルタントの基礎活動として、東京メトロと山手線を定点観測している。同じ曜日、同じ時間、同じ電車で定点的に観測していて、感じることがある。それは、ここ数年間でモニター視聴している人の割合が増えていないことだ。もちろん、現在のモニター設置場所が限定されているということもある。しかし乗客の多くは、スマホを見ている。特にここ1、2年で増えているのが男女問わずソーシャルゲームをしている乗客の数だ。LINEなどのメッセージアプリ、SNS、メール、録画視聴などをする人もいるが、ゲームをする人の割合が劇的に増えた。また車内でスマホを操作している人の割合は、時間にもよるがおおよそ50%強で推移している。ちなみに余談だが、山手線は外の風景が見えるので、外を見ている人もいる。東京メトロと比べて、乗客が接する情報量が多いのだ。

 

こうした状況の中、モニター視聴をする人の割合はなかなか増えない。コンテンツが十分ではない以上に、スマホを見ている人の割合が高いことが理由として挙げられる。ヤフー閲覧、グーグル検索、アマゾンなど大手ウェブサイトでは、2014年から2015年にかけてモバイルがPCの割合を超えたている。そして、その傾向はさらに加速している。特にデジタルネイティブと呼ばれる若年層の中には、PCは使わずモバイルからしかインターネットをしない人もいる。つまり、当初想定していた時よりもスマホの影響力が高まった結果、中吊広告から映像広告に変えればユーザーは注目するだろうという狙いが達成できない可能性が高まってしまったのだと見ることができる。

 

■ 鉄道会社のビジネスモデルの変化

 

山手線の中吊広告の存続は前述の通り、出版社のような広告主からの要望、車内におけるモニター視認率の状況変化が理由として考えられる。最後に、もう一つ理由として考えられるものを挙げて、今回の記事を締めたい。それは、鉄道会社のビジネスモデルの変化だ。鉄道会社のビジネスとは、乗客を輸送することであり、そこから得られる売上である。また中吊広告や駅貼広告など、電車や駅を活かした広告ビジネスもある。それに加えて最近では「駅ナカ」と呼ばれるビジネスを拡大させてきた。人気飲食店、成城石井やローソンのようなスーパー・コンビニ、リラクゼーション施設、ユニクロのようなアパレルショップなど多種多様なショップが増えている。さらに構内イベントなども充実させようとしている。つまり通勤や通学において駅は単なる通過点ではなく、滞在してもらうことに乗客が価値を感じてもらうスペースへと変化しているのだ。これらの告知にもっとも適したメディアは移動中である車内や駅貼広告である。JR東日本は、現段階ではイベントの告知、新店の告知をする上で、モニターでの映像よりも、じっくり見られる中吊広告、駅貼広告が有効だと判断した面もあるだろう。将来的にはモニターをうまく活用し、ICカード駅ナカ施設と連携させたクロスプロモーション施策も出てくるだろうが、現段階では中吊広告でも十分に目的を達成できると判断した面もあるだろう。

 

将来的には、中吊広告からモニター広告に変わるだけでなく、駅貼広告もデジタルサイネージに変わっていくことに変わりはない。なぜなら、コンテンツ管理を一元で簡単に出来たり、エリア、期間などが自由に変えられたりというオペレーションのしやすさがあるからだ。それ以外にも、映像や音響技術がますます進むので、人々の視認率を上げるような魅力的なコンテンツも出てくるはずだ。