マーケティングの現状と未来を語る

世の中のニュース、トレンド、ブームをマーケティング視点からわかりやすく解説します

独立したら、SMAPはまた新たな歴史を作るのか?

2016年1月13日、日本中を驚かせたSMAP解散に関するニュース。決定ではないにも関わらず、スポーツ紙、週刊誌に加え、テレビ各局もニュースで持ちきりだ。テレビ各局は情報番組だけでなく、ニュースでも大きく報じられるなど異例中の異例の取り上げられ方だ。特に驚くべきはNHKも報じたことだ。たとえ解散決定だったとしても芸能ニュースがNHKで取り上げられるのは珍しいことだが、解散していない段階で報じられるのは驚きを通り越して違和感すら感じるものだ。SMAPとはもはや単なる一アイドルではなく、美空ひばりさんレベルに肩をならべる芸能史に残る存在とも言えるだろう。

 

■ SMAPの今後

 

SMAPを育てた女性マネージャーとジャニーズ事務所の関係などについては、あえてここでは触れない。私もテレビや広告業界に長く関わっているので、直接の仕事はないもののSMAPや関係者の方々の姿を見たり、彼らに関するさまざまな話を聞く機会はは少なくなかった。ただ、今回の記事で述べたいのは裏話ではない。本当に解散が決定した場合、今後のSMAPの可能性がどうなるのかについて述べたい。

 

現段階では、木村拓哉さん1人がジャニーズ事務所に残り、他の4人が独立すると言われている。そうなればSMAPとしての活動は難しくなる。全員が円満独立であれば、新事務所にSMAP商標権を譲渡してもらうなどしてSMAPとして活動を続ける可能性は残る。しかしメンバーの所属がバラバラになれば、そうはいかない。ジャニーズ事務所はジュニアの時代からアイドルを養成していたり、年を重ねても近藤真彦さん、東山紀之さんがジャニーズの顔として活躍の場を持っているように、所属アイドルと事務所の結びつきはかなり強い。逆に言えば、ジャニーズではない誰かと一緒に何かをやるという考え方はかなり薄いとも言えるのだ。この点において、SMAPを継続するということは極めて難しいと言わざるをえない。

 

では、独立となった場合、木村さんを除く4人の今後はどうなるのだろうか。

 

10年前までであれば、4人の活躍の場は減っていって厳しい状況になっただろうと言わざるをえなかった。今もその状況は残っているが、状況に変化の兆しも見えてきているのだ。

 

■ なぜ独立後、活躍できない芸能人が多いのか

 

なぜ独立後に活躍できなくなる芸能人が多いのだろうか。やはり、そこには事務所とメディアの関係がある。有力なタレントを多く抱える事務所ほどメディアに対して意見を言うことが出来るのは事実だ。

 

例えば、ある引っ張りだこの俳優がいるとする。どのテレビ局も次のクールのドラマの主役としてその俳優を狙っている。俳優側とすれば選ぶ方になる。そこで事務所とすると主役の俳優を出す代わりに、これから売り出したい事務所の若手を同時に出演させたりするのだ。こうして今は主役になった俳優は少なくない。

 

別のケースで言えば、あるテレビ番組において、タレントの起用法が大手事務所の意向に沿わないからという理由で、そのテレビ局には、そのタレントだけでなく事務所所属タレント全体の出演を減らすという話もある。大手事務所になればなるほど、テレビ局側からすると、これをやられると番組制作が立ち行かなくなるため、事務所への配慮は欠かせない部分が出てくるのだ。

 

独立したタレントのメディア出演に関して、所属していた事務所がメディアに圧力をかけるという話も耳にするが、私は直接聞いていないので不明だ。ただテレビ局側からすれば、大手事務所の機嫌を損ねないために自主的に配慮するということは考えられる事態だろう。

 

このような理由で、いくら能力があっても、売れていても、活躍できなくなる芸能人が多く出てしまうのだ。

 

■ 変化しつつある芸能界の活躍方程式

 

しかし、上記のような時代は終わりを迎えつつある。一つには、かつてほどテレビが力を持たなくなったことが挙げられる。かつて、この俳優がドラマに主演すれば、一定数の視聴率が計算できるという目安のようなものがあった。バラエティなどでも同様だ。しかし今の芸能界を見ても、テレビ局がどうしても起用したい俳優・タレントというのは少なくなってきた。視聴率は低くなり、制作費は削られる中、大物を読んでも視聴率が取れないことも多い。そうなると、事務所への配慮よりも、企画や目新しい起用法で勝負をしていかなければならない必要性が高まってきた。つまり、かつてよりも有名俳優・タレントを抱えている事務所に対してメディアが配慮する必要性が薄まってきているのだ。

 

独立しても活躍できる可能性が高まっている理由がもう一つある。それはソーシャルメディアの存在だ。2015年のNHK紅白歌合戦」はある意味、衝撃的な内容だった。小林幸子さんの復活だ。2011年に事務所問題で揺れ、紅白歌合戦をはじめ、多くのテレビから遠ざかることになった小林さん。小林さんが活躍の場として選んだのがニコニコ動画だった。ネットやイベントでラスボスと呼ばれ、今までの演歌愛好者層ではなく、若者から大きな人気を得るようになった。その勢いは止まらず「紅白歌合戦」への復帰を遂げたのだ。ついに「紅白歌合戦」においても、演歌ではなくボカロ曲「千本桜」を歌い、後ろにはニコニコのコメントが流れた。今回の「紅白」でもっとも大きな話題をさらった一人となった。

 

小林さんが復活できたのは事務所の力ではない。ソーシャルメディアを通じて繋がったファン一人一人の応援が集まったことによって復活できたのだ。つまり、ソーシャルメディアによって、芸能人はマスメディアに頼らない発信方法・活躍方法を得たのだ。また、ソーシャルメディアによって、ファンの声が可視化されるようになり、芸能人の人気度がリアルにわかるようになってきたのだ。

こうした状況を踏まえると、やり方によっては、大手事務所を独立した芸能人も、活躍できる可能性が高まってきたと言えるのだ。

 

多くの日本人がSMAPの存続を望んでいるようだが、最終的にどういう結論になるかはまだはわからない。ただ、独立したとしても、SMAPメンバーには、従来とは異なる新しい活躍の仕方を見せてくれる可能性に期待したいものだ。

ビジネス視点で考察する「ベッキーさんの謝罪会見」

2016年には入ってまだ2週間だが芸能界は話題に事欠かない。今は、SMAPの解散騒動が世間を賑わせている。その少し前は、人気バンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル、川谷絵音さんと人気タレント、ベッキーさんの不倫疑惑騒動が世間を賑わせた。ベッキーさん本人は記者会見を開き、不倫疑惑を否定。ただ軽率な行動を謝罪した。謝罪会見後も、ソーシャルメディアやテレビなどで多くの人がコメントをしているがネガティブな意見はおさまらない。

 

今回はビジネスの視点からベッキーさんの謝罪会見について考察してみたい。

 

■ PRのプロの視点から見たベッキーさんの会見

 

PRにおける謝罪会見のポイントは次の3つだ。

 

「事実を明らかにすること」

「問題発覚後、すぐに謝罪すること」

「メッセージが身内向けにならないこと」

 

誤解がないように言うが、事実については真偽は当人同士しかわからない。ただ諸々の状況を踏まえ、多くの人が「事実は黒」と思っている。したがって、一つ目の「事実を明らかにすること」という点においては、多くの人は納得しなかったようだ。

 

二つ目の「問題発覚後、すぐに謝罪すること」という点については、すぐに会見を開き謝罪した点で問題はなかった。

 

ただ重要なことは人々の受け取り方だ。事実が明らかになっていないと人々が感じたため、ベッキーさんが謝罪会見を開いても、批判の声がやむことはなかったと言えるのだ。

 

三つ目の「メッセージが身内向けにならないこと」に関しても不十分と言えた。会見では視聴者やファンよりも関係者やスポンサーに向けた意図が強く感じられた。また問題発覚後の週末、生放送では何もなかったように振舞う言動をしつつ視聴者に直接のメッセージはなかった。ただその裏では出演者や関係者には謝罪挨拶をしていたという情報も出てしまった。

 

たしかにテレビ関係者、広告関係者への対応は重要だが、一般の人たちには、自分たちが軽視されているような印象を抱かせてしまった部分もある。

 

■ なぜ批判の矛先が変わっていったのか?

 

ベッキーさんの会見終了後も批判の声はおさまらない。ただ、時間とともに、批判の矛先は川谷さんへ向かっている。根本的な理由としては、川谷さんの方がベッキーさんよりも相対的に非があると人々が思ったことだ。そして騒動発覚後、ベッキーさんは謝罪会見を開いたにも関わらず、川谷さんは会見を開かず、ファックスでコメントを発表しただけということだ。つまり「問題発覚後、すぐに謝罪すること」も「事実を明らかにすること」も出来ていない。「メッセージが身内向けにならないこと」に関しては、そもそもメッセージ自体ができていない。この結果、批判はベッキーさんから川谷さんへと向かっていったのだ。

ただ2人とも「事実を明らかにすること」という点において、人々の理解・納得を得られないまま、テレビなどで活動を続けている状態である。たとえテレビなど業界関係者の中で許されたとしても、多くの視聴者は冷ややかになるだろう。問題が起きた当初lこそ批判している人たちも、自分たちの声が届かないとわかると、何も言わずに、静かに離れていくようになる。そして、その余波は彼ら2人に対してだけでなく、彼らを出演させているテレビ局へも及ぶ。テレビ局への批判も増加し、テレビ離れにもジリジリと影響を及ぼしていく。

 

■ 企業の謝罪会見の失敗例

 

芸能界だけでなく、企業でも問題が起きた時には、すぐに事実を公表し、謝罪会見を開くことがリスクマネジメントの鉄則である。

 

2014年夏に消費期限切れ鶏肉使用問題を起こしたマクドナルドも問題発覚後1週間経って、ようやくカサノバCEOが会見した。ただ、その会見は謝罪会見にはほど遠い衣装だった。問題は仕入れ企業の問題としたことで消費者は不信感を持った。消費者からすれば仕入れ企業がどこであろうとマクドナルドの問題だからだ。またマクドナルドの品質への自信をアピールしてしまったことも大きな反感を買う要素となった。その後のマクドナルドの凋落ぶりは言うまでもない。

 

2015年に起きた横浜の大型マンションの傾斜問題。元請けの三井住友建設の副社長は会見において、二次下請けの旭化成建材への不信感を訴えた。消費者からすれば、販売主であった三井不動産や元請けの三井住友建設にも非があると考えるのが普通である。この会見も失敗と言えるものだった。

 

■ まとめ

 

問題は起きないことがもっとも望ましい。しかし問題が起きてしまった場合に備えることは、年々重要になっている。問題への対応によって長年培ったブランドイメージが一瞬で落ちてしまう時代なのだ。

 

かつて企業のブランドイメージはブランド広告で作られることが多く、企業側でコントロールすることができた。しかし最近では、企業のブランドイメージは企業側だけではコントロールしきれないことも増えている。ソーシャルメディアの発達により、消費者自身が情報を発信する手段を手に入れたからだ。いくらブランドイメージをコントロールしようと統制したところで無理がある。問題発覚後の会見の不味さだけでなく、アルバイトが起こした一つの悪ふざけが企業を存続の危機に追いやることも起こりうる時代なのだ。

 

こうした状況だからこそ、日頃よりリスクに備える企業が増えている。問題が起きた時の対応マニュアル、インタビュー練習などがその一つだ。問題が消えることはないが、必要以上に炎上しないことを企業も考えているのだ。今回の問題は芸能界のことだが、この教訓はビジネスに携わる人にも活かせる部分が少なくないのだ。

マーケティング視点で選んだ「2015年の漢字」

日本漢字能力検定協会が実施する年末恒例行事「今年の漢字」。2015年を表す漢字には「安」が選ばれた。安倍政権によって安全保障関連法が成立されたこと、パリ同時多発テロ事件など世界的に安全というものへの関心が高まったこと、旭化成によるマンション傾斜問題があり住環境への不安が高まったこと、お笑い芸人のとにかく明るい安村さんの活躍があったことなどから受賞に至った。たしかに国内外を見渡せば「安」は2015年を表す漢字としてぴったりだ。

 

ではマーケティング的な観点ではどうだろうかと考えると、別の漢字が浮かんできた。それは「変」だ。「変」は2008年に「今年の漢字」にも選ばれているのだが、ことマーケティング的な観点でみれば、2015年を表す漢字としてもぴったりだ。その理由を5つに分けてご説明したい。

 

■ 理由1:東京オリンピックのエンブレム・メインスタジアムが「変」わった

 

2015年7月、東京オリンピックの公式ロゴが佐野研二郎氏のロゴに決定した。しかし、盗作疑惑が持ち上がり、騒ぎが大きくなり、結局ロゴ決定は白紙撤回となった。その後、審査のあり方そのものも問題視されるようになり、ロゴ決定のための審査委員会も「変」わった。

 

「変」わったのはロゴだけではない。東京オリンピックのメインスタジアムも、当初決定されたザハ氏の案から「変」わった。一度は決まったものの、建設費用が当初予算を大きく超えてしまっていること等が問題視され、最終的には白紙撤回になった。

 

ロゴ、メインスタジアムのデザイン、。1998年の長野オリンピック以来の日本開催となる2020年の東京オリンピック。歴史的なイベントであり、国家的プロジェクトであるにも関わらず、オリンピックを象徴するロゴとメインスタジアムという2つの重要な要素を「変」えざるをえなくなった。日本にとって、前代未聞の「変」更事態が起きた2015年だった。

 

■ 理由2:日本スポーツの歴史が「変」わった

 

2015年のスポーツ界の最大のニュースは、ラグビーW杯において南アフリカ戦での勝利を含む予選で3勝したことだ。これは世界中で大きな話題となった。海外のメディアでは、スポーツ史上で最大の番狂わせとまで言われるほど衝撃的な出来事だったのだ。この活躍により、それまでマイナーだったラグビー人気に一気に火がついた。五郎丸歩選手は、一躍ヒーローとなり、子供までが五郎丸ポーズを真似るようになった。2019年のラグビーW杯日本開催へ、大きな弾みがついたことは間違いない。ラグビーはもちろん、日本のスポーツ界の歴史が「変」わったのだ。

 

■ 理由3:爆買いで日本の流通・ホテルが「変」わった

 

外国人観光客の増加、いわゆるインバウンドの大きな伸びはとどまることを知らない。数年前まで、2020年までに訪日外国人観光客数2000万人達成を目標にしていた日本政府。しかし、予想以上の成長スピードに目標を3000万人へと変えた。多くの外国人観光客、特に中国人は、観光を楽しむだけでなくお金を惜しまず「爆買い」をする。銀座の中央通り、ラオックスがある場所を中心に観光バスの列がズラッと並ぶ。秋葉原でも同様の光景が見られる。バスに乗り込む人たちは高級ブランドや量販店の紙袋、ドラッグストアのビニール袋など、両手一杯に大きな荷物を抱えている。

 

この外国人観光客の増加にともない、日本の流通も変化を見せた。デパートなどは外国人観光客が来るシーズンの売り上げは良いが、それ以外のシーズンは芳しくないトレンドにある。そのため、より外国人観光客が買い物しやすい環境を整えるよう「変」わってきたのだ。コンシェルジュや免税カウンターの拡充はもちろん、館内アナウンスで中国語が流れるのも当たり前になった。また中国人スタッフの姿も増えた。デパートとほぼ同様の傾向を示しているのが家電量販店だ。外国人観光客頼みの部分はますます大きくなっている。

 

量販店において外国人観光客の購買も「変」わってきた。2014年までは炊飯器のような家電製品が、外国人観光客の購入商品の中心だったが、2015年は化粧品などが爆買いされるようになった。そのため家電量販店においても化粧品フロアが家電フロアよりも賑わうシーンが見られた。客単価が高く、しかも短時間で購入してくれる外国人観光客は量販店から見れば良いお客さんだ。デパート以上に、店員に中国人のスタッフが増え、POPなども中国語表記のものが増えた。

 

中国人に大人気となり、業績がV字回復を見せているラオックス。中国人による爆買いの流れにより、ラオックスは家電量販店から中国人客のための免税店へと業態をシフトさせてきている。この先、アパレルなどの販売も拡充していく予定である。

 

ホテルも外国人観光客によって活況を呈した。都心部のホテルは予約で埋まっていることが多くなり、出張のビジネスマンがホテルを予約しようとしても、直前では取れないという状態まで出ててきた。観光地に関しては、東京、大阪、札幌などの都心部や有名観光スポットだけでなく、どこに行っても外国人観光客の姿が増えた。その結果、英語や中国語を話せるガイドが増えたり、外国人向けのアトラクションを行って観光スポットを盛り上げる場所まで増えてきた。

 

日本の量販店、ホテルのあり方が、外国人観光客の激増により大きく「変」わってきたことを感じた2015年だった。

 

■ 理由4:日本企業に起きた「変」事

 

2015年は不透明な企業不祥事が目立った年でもあった。もっとも大きな問題は東芝の不適切会計だ。7年間に渡って、不適切会計が続いていたことが判明した。専門家だけでなく、世間からも、不適切会計ではなく粉飾だという声も上がった。東芝の不適切会計に関する第三者委員会の調査報告書に対してですら、検証が甘いと指摘されたように、世間から見たら、何か「変」な印象が拭いきれない問題であった。

 

問題は東芝だけではない。旭化成のマンション傾斜問題に関しても、なぜこのような事態が起きてしまったのかと「変」な印象を拭えない人も少なくない。旭化成国土交通省に出したデータによると、調査対象者の3割にあたる50名が杭打ちデータの改竄に関わるなど、組織的な問題と見られてもおかしくない状況がわかったのだ。

 

東芝にしても、旭化成(実際には旭化成建材)にしても、知名度のとても高い日本を代表する企業である。2015年は、それまでいい意味でも悪い意味でも固い・真面目だと考えられていた大企業の問題が相次ぎ、何かが「変」だと人々が感じるようなニュースが多くなった。

 

■ 理由5:「変」わった才能が時代を「変」える

 

2015年の文学界最大のトピックスは、お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹氏の芥川賞受賞だ。賛否はともかく、これは今の時代にを象徴するものだと言える。自分の才能を一つの場所だけでなく、さまざまな場所で発揮し、活躍する人が増えている。ここ数年でコカ・コーラから資生堂、ローソンからサントリーなど、経営能力というスキルによって、全く異なる業界へ転身した経営者が増えている。マーケティングの世界でも消費財メーカーからエンタテインメント業界へと転身し、手腕を発揮したマーケッターもいる。プロ野球の世界でもファイターズ大谷選手のように投手としても、打者としても活躍する人が出てきたり、ヤクルト山田選手、ホークス柳田選手のようにホームラン30本、打率3割、盗塁30という異なる力を一気に発揮する選手が1年に2人も出た。ニュースキャスターやお天気キャスターへのタレント起用も増えている。

 

今までの常識的な働き方から「変」わることで、結果を出す人が増えてきた。2016年は、マルチに活躍の場を広げる人たちが世の中に増えるだろう。ビジネスマンでは、一つの仕事だけでなく、複数の仕事を同時に手がけるような人も増えてくるだろう。芸人、作家、アスリート、ビジネスマン、映画監督など活躍の場を複数持つ人たちが、スポーツやエンタテイメントの世界でも増えるはずだ。いままでにない「変」わったやり方をした人たちが、世の中に「変」化をもたらす。2015年に見えたその兆しは、2016年以降、ますます加速していく事だろう。

 

エンブレム、国立競技場、ラグビーインバウンド、大企業の問題、又吉直樹氏。2015年を振り返ると、今までとは大きく「変」わった出来事や才能があった。マーケティングという視点で見れば、「変」という感じこそ2015年を象徴する漢字だったと私は感じている。

なぜ公開直後に「妖怪ウォッチ」が「スター・ウォーズ」の来場者数を上回ったのか?

2015年12月18日、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」(以下「スター・ウォーズ」)が公開され、日本でも大きな盛り上がりを見せている。10年ぶりの新作であることや、ウォルト・ディズニー・カンパニーがルーカスフィルムを買収したことで、大々的なプロモーションをかけやすくなったこと等も、空前の盛り上がりを下支えしている要素だ。映画「スター/ウォーズ」に関連する企業の一例を挙げるだけでも、以下のようになる。全日空、キリンビバレッジ、シック、セキスイハイムセブンイレブン、ハイアール、アート引越センター、森永製菓、ロッテ、ヒューレットパッカード資生堂南海鉄道等、まだまだ多くの企業が映画「スター・ウォーズ」に関連した広告、プロモーション、コラボグッズを手がけているのだ。

 

さて、2015年は映画が盛り上がった年になった。2015年10月には「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が大きな話題を呼んだ。これは新作ではなく、かつての映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」の中で、マーティーとドクがタイムスリップした未来の日付が2015年10月21日だったことによる。東京各地で記念イベントが開催され、大いに盛り上がったことは記憶に新しい。

 

親になった人たちが、自分自身が子供の頃に見た映画を、自分の子供たちと楽しむ機会が増えている。「スター・ウォーズ(シリーズ)」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のほか、現在公開中の「クリード チャンプを継ぐもの」も「ロッキー」の流れを汲んでいる。この意味でも、今シーズンの上映の主役は押しも押されず「スター・ウォーズ」だと予測されていた。

 

2016年1月2日3日の映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)によると「スター・ウォーズ」は「妖怪ウォッチ」を抑えて首位となった。しかし、これほど話題性の高い「スター・ウォーズ」も公開第1週、第2週は「妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!」(以下、映画「妖怪ウォッチ」)に負けていたのだ。世の中の雰囲気では「スター・ウォーズ」が爆発的な話題を獲得する一方、「妖怪ウォッチ」はあまり話題にはなっていない。なぜ映画「妖怪ウォッチ」が「スター・ウォーズ」を上回ったのだろうか。

 

■ ブームを終え、定番への道を進む「妖怪ウォッチ」

 

2014年から2015年初頭にかけて爆発的ヒットとなった「妖怪ウォッチ」。そのヒットを支えたのは「妖怪メダル」の存在だ。おもちゃ屋、量販店のおもちゃ売り場にあるガチャポンでは、いつもメダルが売り切れ、入荷するタイミングを店側が告知すると、その日時には行列ができるほどになった。平日昼間、子供達が学校に行っている間、スーツを着たサラリーマンがガチャポンにならび、何度も回していた。お父さんが子供のために、仕事の合間に買いに来たのだろう。ブームは、ガチャポンでメダルを買うだけではない。「妖怪ウォッチ(時計のおもちゃ)」が発売されると、瞬く間に売り切れとなった。入荷数にも限りがあるので、抽選販売の状況が続き、ネットオークションではメダルとともに高値で取引された。

 

ブームとは瞬間的に話題になることだ。「妖怪ウォッチ」は大きなブームを巻き起こしたが、そこで消えなかった。子ども達の間で定番化しつつあるのだ。定番になると、ブームのような大きな話題にはなりにくい。しかし「ドラえもん」「ポケットモンスターポケモン)」のように、静かだが高い人気をキープしつつ、毎年末の映画シーズンには多くの人たちが見にくるようになるのだ。

 

■ 2014年から仕掛けられていたプロモーション

 

「妖怪ウォッチ」を手がけるレベルファイブレベルファイブが「妖怪ウォッチ」をヒットさせたのはクロスメディア戦略によるものだ(詳しくは2014年12月27日 All about「3分でわかる『妖怪ウォッチ』成功のからくり」にて)。用意周到に準備し、多くのメディア・企業を巻き込むことで大人気コンテンツに成長した。

 

レベルファイブが戦略上手であることは、現在公開中の映画にも言える。2014年末に公開された映画「妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!」。この時、すでに2015年の映画化が決まっており、映画でも告知された。「ドラえもん」など年末に必ず映画公開をするコンテンツならば当たり前のことだが、ブームの先がまだどうなるかわからないという声もあった中で、レベルファイブは翌年末の映画化を決めていたのだ。もちろんクロスメディア戦略が基本なので、映画に伴って任天堂DSでのゲーム発売なども行っている。

 

■ 「妖怪ウォッチ」勝利のカラクリ

 

今まで述べてきたように「妖怪ウォッチ」のコンテンツの強さ、レベルファイブの戦略の上手さによって「妖怪ウォッチ」は安定した人気を獲得している。では「スター・ウォーズ」に観客動員数で勝てたのはなぜなのだろうか。

 

興業通信社の発表によると、2015年12月19日(土)20日(日)の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の観客動員数が80万258人。映画「妖怪ウォッチ」は97万4557人となった。公開は「スター・ウォーズ」が12月18日の18:30から、「妖怪ウォッチ」は12月19日からとほぼ変わりはない。上映スクリーン数は「スター・ウォーズ」が958、映画「妖怪ウォッチ」は434と「スター・ウォーズ」が2倍以上となっている。上映分数は「スター・ウォーズ」が136分、映画「妖怪ウォッチ」は97分。「スター・ウォーズ」の方が39分長い。

 

スター・ウォーズ」の方が上映時間が長いため、1館あたり、1日あたりの来場者数は必然的に少なくなる。上映スクリーン数は「スター・ウォーズ」の方が約2倍以上と多い。「スター・ウォーズ」の上映スクリーン数は2倍以上だが、上映時間は2倍以下である。この点を踏まえても映画「妖怪ウォッチ」が「スター・ウォーズ」を上回る観客動員数を記録するとは、関係者のみならずとも予想がつかない事態だ。

 

この番狂わせが起きた理由としては、劇場ごとの座席数の違いなどあるだろうが、一番大きな理由として考えられるのは「妖怪メダル」である。当日の入場者先着順に配られる非売品の『エンマ大王メダル』を目当てに観客が殺到したことが考えられる。「メダル」の威力は大きい。2014年の映画「妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!」の前売券販売でも限定記念メダルをつけたが、希望者が殺到しすぐに売り切れる事態となった。結局、前売券を購入できなかった来場者にも、先着順で別のメダルを配布することでおさまったのだが、メダルの強さをまざまざと見せつけた形だ。今回もまたメダル効果と言える現象が続いている。

 

もう一つ理由がある。それは来場者層の違いだ。「スター・ウォーズ」よりも映画「妖怪ウォッチ」の方が来場客層が広い。映画「妖怪ウォッチ」の来場客は子供が中心だが、その子供を連れた親、連れられてきた兄弟、そして祖父母などまでが一緒に観覧するケースもある。先着順のメダルという目標に向かって、多くのグループで観覧に来るケースが多かったため、映画「妖怪ウォッチ」は「スター・ウォーズ」を上回ってスタートしたのだ。

 

引き続き、映画「妖怪ウォッチ」と「スター・ウォーズ」の争いがどうなるか引き続き注目したいところだ。

日本マクドナル株売却「誰が未来を作るのか?」

日本経済新聞によれば、米マクドナルド本社が日本マクドナルドホールディングス(以下、日本マクドナルド)の株売却の打診を始めた。米マクドナルドは日本マクドナルドの株式の約50%を持つ筆頭株主である。日本マクドナルドの株式の最大33%まで売価する可能性があると言う。

 

■ 痺れを切らした米マクドナルド

 

日本マクドナルド売却というニュースは驚きを持って受け取られているが、実は以前から想定されていたことである。現在、日本マクドナルドの売り上げはピーク時と比べると約30%減の状況である。最初のきっかけは高単価化を狙ったマックカフェの推進や利益追求を狙ったFC戦略によってファミリー層が離れたり、スタッフの士気が下がったり、店舗の雰囲気が悪くなったりしたことによる。その後、2014年7月に発覚した期限切れ鶏肉使用という安全問題が起き、2015年1月にメニューへの異物混入問題が起きたことにより業績は悪化の一途を辿った。

 

2013年、日本マクドナルドのCEOがサラ・カサノバ氏になることで、米本社としては意向を伝えやすい状況になった(日本マクドナルドホールディングスCEO就任は2014年)。しかし2014年夏の安全問題における一連のプレス対応の大失敗をはじめ、カサノバCEOが大きな成果を残すことはいまだない状況が続いている。

 

2015年12月期の収支は約380億円の赤字見込であり、数字面においては業績回復の糸口も見えていない。今回の日本マクドナルド株売却は、日本におけるマクドナルドの将来性に一つの見切りをつけたということなのだ。

 

■ 米マクドナルドの苦境

 

しかし、日本マクドナルド株売却は、日本におけるマクドナルド事業の停滞だけが理由ではないだろう。米マクドナルド本社も決して良い状況ではない。世界的な健康志向の高まり、特に米国における健康志向の高まりは、客のマクドナルド離れを招いている。

 

2015年3月には業績不振によりCEOが交代した。その後、世界各国の市場の格付けをし、4つのセグメントに分けた。米国市場、フランスやオーストラリアなど業績を牽引する市場、中国、ロシアなど成長が期待できる市場、日本、中東、中南米など大きな成長も収益も期待しづらい基礎的市場の4つだ。

 

また、2018年末までに世界全店のうち約10%にあたる約3500店舗を直営店から外し、FCなどに転換する方針も打ち出していた。

 

米本社から見れば、日本の位置付けは大変厳しいものになっていた。だからこそ、日本マクドナルドとしては収益性の改善を急ぐ必要があったのだ。それが現在ドラスティックに進められている不採算店舗を中心とした大量閉店に繋がっているのだ。

 

日本マクドナルドの業績改善は見込めない。ただ、日本だけでなく米マクドナルドも業績改善が見込めないから、今回の判断に至っているのだ。

 

■ 株売却の後のマクドナルドはどうなるのか?

 

今回の日本マクドナルド株売却は、カサノバCEOが就任したあたりから想定されたシナリオの一つだったと考えられる。

 

さて、日本マクドナルドの未来を占うのは「誰が株を買うのか」ということだ。これによって日本マクドナルドの未来が大きく変わってくる。

 

経営的なことを言えば、2014年末時点で日本マクドナルドに約800億円の内部留保はあるので、業績は悪くても今すぐなくなるといったことはないだろう。しかし現時点でなかなか好材料は見えてこない。

 

マクドナルドのメイン顧客層であるファミリーが戻って来る兆しは見えない。好立地にあった店舗は次々に閉鎖されている。牛丼チェーン、ファミレス、コンビニ弁当、立ち食いそばなど、低価格で食べられる競合は多く、競争は激化している。FC加盟店からは本部による利益至上主義に基づくFCへのやり方に対する悲鳴の声も上がっている。これからFC中心の展開を図りたい米本社の意向に対して、既存FC店舗がどこまで協力できるか不透明な部分もある。既存店売上についても改善の兆しは見えていない。

 

私が唯一、改善の兆しを感じていたのは「現場」が変わってきたことだ。都内のマクドナルドの数店舗を定期的に観測している中で、店頭における改善の兆しは少しづつ見え始めてきた。オペレーションは改善され、提供のスピードは上がった。オペレーションの改善とともに、提供されるハンバーガーの作り方が丁寧になっているところもあった。店内の清掃状況も以前よりは改善した。また店舗ごとにイベントを開催するなど、お客さんとのコミュニケーションを増やそうともしていた。「現場」の空気は少しづつ改善に向かっていたのだ。

 

しかし、これが数字に現れ、本格的に業績改善に繋がるにはまだ時間がかかる。多くのファンドは短期間で結果を求める傾向が強い。短期的な結果(リターン)を求めるファンドが主導権を握るのか、それとも中長期的視点に立ち、日本におけるマクドナルド事業をサポートしくれる企業が主導権を握るのか。ファンドになるのか、商社になるのか、他の企業になるのか?誰が日本マクドナルドの株を買うかは、マクドナルドの未来のあり方に決定的な影響を及ぼすことになるはずだ。

「トリプルスリー」が「新語・流行語大賞」に選ばれた意味

2015年11月10日、「2015年ユーキャン新語・流行語大賞(以下、新語・流行語大賞)」が発表された。2014年には日本エレキテル連合の「ダメよ~ダメダメ」が大賞に選ばれたように、その年に人気になったお笑い芸人のギャグが選ばれることも多い。しかし今年は、とにかく明るい安村の「安心してください。穿いてますよ」というギャグがノミネートされたものの大賞には届かなかった。今年の大賞に選ばれたのは「爆買い」と「トリプルスリー」。「トリプルスリー」については「知らない」「流行っていない」という否定的も少なくなかったように、今年の選考は物議を醸した。今回は「新語・流行語大賞」の選考の是非ではなく、「トリプルスリー」に関連して別の切り口で話を展開していきたい。テーマは「能力の育て方・持ち方」だ。

 

■ そもそも「トリプルスリー」って何?

 

そもそもトリプルスリーとは何か。プロ野球ファンは知っているが、プロ野球に興味のない人はあまり知らない「トリプルスリー」という言葉。高確率でヒットを打つ技術、盗塁を成功させる速い脚力、ボールを飛ばすパワーを同時に持つという意味で偉業と呼ばれる。2015年、同じ年にトリプルスリー達成者が2名も出た。一人は東京ヤクルトスワローズの山田哲人選手、もう一人は福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手だ。彼らを入れてもトリプルスリー達成者は今までに10人しかない。

 

トリプルスリーが「新語・流行語大賞」にふさわしいかどうかは別にして、このマルチな能力を持った選手が二人同時に出現したことは、今の時代を反映しているのかもしれない。

 

■ 投手と打者の二刀流で成功している大谷翔平選手

 

マルチに活躍することは時代の流れの一つであると私は感じている。例えば、北海道日本ハムファイターズ大谷翔平選手。2015年は最多勝最優秀防御率、最高勝率、ベストナイン投手部門と投手タイトルを総なめした。また2015WBSCプレミア12、準決勝韓国戦では、試合には敗れたものの、7回まで1安打しか打たせない次元が違うとも言える素晴らしいピッチングを披露した。2014年には投手として11勝、打者とし10本塁打と2リーグ制以降初めて、二桁勝利、二桁本塁打も記録している。投手と打者の二刀流については賛否両論あるが、マルチな能力を伸ばしてここまで来たことは批判されるものではない。また、それが野球界を盛り上げていることも事実である。

特に若い世代にとってはマルチに才能を伸ばしていくことは当たり前のことであり、それが新しい時代を切り拓いていく面も増えているのだ。

 

■ ある若者のエピソード

 

最近、知人からスポーツ以外でもマルチな才能についての興味深い話を聞いた。その知人のお子さんはマルチな才能を持っている。俳優、カメラマン、ディレクター、デザイナー。まだ20歳過ぎという若さながら、その才能が認められ、多くのシーンで力を発揮している。先日、そのお子さんが、ある著名な映画監督と仕事をした際に、将来のことについての会話になったそうだ。その時に、監督から「いろいろやっているけれど、結局あなたは何がやりたいの?」ということを強く言われたそうだ。監督にしてみれば、一つのことに決めて必死になってその道を突き進むことが当たり前という認識なのだ。しかし、そのお子さんは俳優でもテレビや映画に出演し、クリエイターとしても雑誌や有名店舗のディスプレイなどで活躍している状況だ。どれも大事なことであり、伸ばしていきたいことなのだ。

 

その監督のように一つのことを突き詰めることはもちろん大事なことだが、その価値観だけに縛られる時代ではない。スポーツ業界、エンタテイメント業界だけにとどまらず、さまざまな業界において、新しい時代になってきたことを感じることが多くなってきた。

 

■ 将来、活躍するための条件

 

一つのことに打ち込むだけでなく、マルチに能力を伸ばすことが新しい時代の兆しだということは「学び」の場からも感じられる。

 

「学び」において暗記や反復学習は、一定レベルの基礎学力を養うために重要なことだ。しかし、長く続いてきた暗記型教育は、そろそろ見直すべき時期ではないだろうか。今はインターネットの時代だ。インターネットにおける情報の正確性や深さは精査する必要があるとしても、おおよそのことはインターネットでわかる時代だ。つまり以前と比べて暗記する重要性が低くなったのだ。むしろ「暗記して、一つのことを突き詰めること」以上に「多角的に、自分の頭で考えて、生み出すこと」の重要性が増しているのだ。

 

ビジネスの世界においても感じることがある。一つのことを突き詰めて達成する経験は重要ではあるが、多角的な知識・経験を得たり、異なる業界で働いたり、複数の仕事を持つことで、新しいアイデアが浮かんだり、ビジネスが生まることが増えている。ビジネスの世界でもマルチな能力を持つ人たちが所属、役職などに関わらず、新しい流れを生み出してきているのだ。

 

トリプルスリーは「新語・流行語大賞」にふさわしいかどうかは別だが、トリプルスリーの裏にある才能のあり方に関しては、今の時代を象徴しているように感じている。

なぜ山手線中吊広告は廃止されなかったのか?

2015年11月30日より、山手線に新型車両E235系が導入される。新型車両の導入は13年ぶりとなる。現行車両とは順次入れ替え、2020年までには入れ替えを完了させる予定だ。新型車両導入が発表された当初の予定では、中吊広告を廃止し、モニター広告に変えるという発表であったが、中吊広告は継続することとなった。なぜ、JR東日本は中吊広告を残す判断をしたのだろうか。マーケティング視点から推測したい。

 

■ 広告主の要望

 

中吊広告の存続が決まった最大の理由は広告主の要望による部分が大きい。ここで言う広告主とは中吊広告を望む広告主ということだ。中吊広告の主な広告主は週刊誌や月刊誌を発行する雑誌社だ。出版不況と言われる中、雑誌の発売告知は新聞とともに中吊広告に頼る部分が大きい。映像より文字の方が、乗客にじっくりと読んでもらえることは間違いない。映像広告になってしまうと15秒、30秒(JR東日本トレインチャンネル」)という制約がかかることを考えると雑誌社にとっては中吊広告の方が都合が良いのだ。また中吊広告の掲出期間は、通常2日間という短い掲出期間になるので、最低1週間からのモニターよりも使い易いという判断もある。おそらく、中吊広告を無くすという発表があった時点で、雑誌社からJR東日本に対して継続の要望が続いたのだろう。

 

ただ俯瞰的に見れば、雑誌社が中吊広告に反対することは、新型車両の発表をする前からわかっていたことだ。それでも、モニターを導入することは決定していたのだから、多少の要望ではJR東日本は動かないはずだ。次に、広告主の要望以外の別の理由を挙げたい。

 

■ 思ったほど伸びない車内モニター視聴率

 

雑誌社からの声が大きくなるのと同時に、JR東日本社内でもモニター一辺倒に対する疑問の声も挙がっていたのではないだろうか。それは、思ったよりもモニターを見る人が少ないということだ。私はマーケティングコンサルタントの基礎活動として、東京メトロと山手線を定点観測している。同じ曜日、同じ時間、同じ電車で定点的に観測していて、感じることがある。それは、ここ数年間でモニター視聴している人の割合が増えていないことだ。もちろん、現在のモニター設置場所が限定されているということもある。しかし乗客の多くは、スマホを見ている。特にここ1、2年で増えているのが男女問わずソーシャルゲームをしている乗客の数だ。LINEなどのメッセージアプリ、SNS、メール、録画視聴などをする人もいるが、ゲームをする人の割合が劇的に増えた。また車内でスマホを操作している人の割合は、時間にもよるがおおよそ50%強で推移している。ちなみに余談だが、山手線は外の風景が見えるので、外を見ている人もいる。東京メトロと比べて、乗客が接する情報量が多いのだ。

 

こうした状況の中、モニター視聴をする人の割合はなかなか増えない。コンテンツが十分ではない以上に、スマホを見ている人の割合が高いことが理由として挙げられる。ヤフー閲覧、グーグル検索、アマゾンなど大手ウェブサイトでは、2014年から2015年にかけてモバイルがPCの割合を超えたている。そして、その傾向はさらに加速している。特にデジタルネイティブと呼ばれる若年層の中には、PCは使わずモバイルからしかインターネットをしない人もいる。つまり、当初想定していた時よりもスマホの影響力が高まった結果、中吊広告から映像広告に変えればユーザーは注目するだろうという狙いが達成できない可能性が高まってしまったのだと見ることができる。

 

■ 鉄道会社のビジネスモデルの変化

 

山手線の中吊広告の存続は前述の通り、出版社のような広告主からの要望、車内におけるモニター視認率の状況変化が理由として考えられる。最後に、もう一つ理由として考えられるものを挙げて、今回の記事を締めたい。それは、鉄道会社のビジネスモデルの変化だ。鉄道会社のビジネスとは、乗客を輸送することであり、そこから得られる売上である。また中吊広告や駅貼広告など、電車や駅を活かした広告ビジネスもある。それに加えて最近では「駅ナカ」と呼ばれるビジネスを拡大させてきた。人気飲食店、成城石井やローソンのようなスーパー・コンビニ、リラクゼーション施設、ユニクロのようなアパレルショップなど多種多様なショップが増えている。さらに構内イベントなども充実させようとしている。つまり通勤や通学において駅は単なる通過点ではなく、滞在してもらうことに乗客が価値を感じてもらうスペースへと変化しているのだ。これらの告知にもっとも適したメディアは移動中である車内や駅貼広告である。JR東日本は、現段階ではイベントの告知、新店の告知をする上で、モニターでの映像よりも、じっくり見られる中吊広告、駅貼広告が有効だと判断した面もあるだろう。将来的にはモニターをうまく活用し、ICカード駅ナカ施設と連携させたクロスプロモーション施策も出てくるだろうが、現段階では中吊広告でも十分に目的を達成できると判断した面もあるだろう。

 

将来的には、中吊広告からモニター広告に変わるだけでなく、駅貼広告もデジタルサイネージに変わっていくことに変わりはない。なぜなら、コンテンツ管理を一元で簡単に出来たり、エリア、期間などが自由に変えられたりというオペレーションのしやすさがあるからだ。それ以外にも、映像や音響技術がますます進むので、人々の視認率を上げるような魅力的なコンテンツも出てくるはずだ。